画材の有害性問題の経緯

 絵画材料の有害性に関する問題については、古くから言われていたにもかかわらず、あまり深刻に考えられてはいないようでした。

 『毒物劇物取締法』などで規制されていた国産の絵具には、表示の義務が課されていました。昭和53(1978)年にアサヒ絵具(株)の水彩絵具について、『毒物劇物取締法』の第12条違反、規則第11条の6の第1号による名称および主たる事務所の表示がないという指摘を受け、全製品のラベルについての改善が行なわれました。

 しかし、ユーザー側の当時の認識は、ほとんど絵具の有害性について無頓着であったように思われる。その例証になりそうな事件であるが、ラベルに有害性表示がついたとたん、ユーザーの過敏な反応が出て、小売店からメーカーに対し表示をなくすよう烈しい要請がありました。

 同じころの1980年、アメリカでも、ホン・フレデリック・リッチモンド下院議員が「アーティストの健康を守ることについて」と題する文書を提出しました。これは、2年間にわたる洋画材料の有害性についての調査結果でありました。

 これが契機となり1982年には、アメリカ合衆国では、ASTM規格において『画材の慢性人体毒性の表示』にかんする草案がまとまり、検討が進められたのです。

 1989年8月、『美の散策』に掲載された記事が発端となり、美術か連盟に加盟する画家5名が、医師に画家の健康調査を委託する事件が発生、同年10月には、東京警察病院の若林医師らによって、国産メーカーの処方公開が要請されました。

 PL法の厳しい適用を受けるアメリカ企業やアメリカへ製品を輸出する商社は、当然表示に関しても細心の注意をはらう必要がありました。今日、日本でも1990年頃からPL法施行にともなうメーカー側の対応として「表示」に関する統一的見解が必要になってきました。

 今日、全日本画材協議会では、国内での統一した基準を示し、これに加盟する画材メーカーでは、画材への統一表示を行なっています。 
 通常は、ASTMの基準に従い、
国内法の制約によっています。




画材の有害性
有害性への対策
楽屋からの提言
1-1 問題の経緯 2-1 現状の法規制について 3-1 楽屋からの提言
1-2 問題の発生状況 2-2 画材表示を理解する  
1-3 人体への進入 2-3 有害物処理方法(試案


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